もっとも多い皮膚表面の炎症で、皮膚科外来患者の約3分の1を占める。おもなものだけでも10種類を数える。このため、従来、単に湿疹と称していたのが、いまは湿疹性疾患、あるいは湿疹・皮膚炎群の呼称のもとに一括されるようになった。
湿疹は炎症の性質によって急性型と慢性型に2大別される。急性型湿疹は一般に皮膚炎の症状が著明で、自覚的に激しいかゆみを有する。一般的経過としては、まず紅斑(こうはん)をもって始まり、多少の炎症性浮腫(ふしゅ)を伴い、境界は不明確である(紅斑期)。ついで病勢が進み、紅斑上に丘疹(きゅうしん)を形成し(丘疹期)、滲出(しんしゅつ)性変化がさらに加わると、丘疹の頂上に小水疱(すいほう)を形成する(小水疱期)。炎症症状がますます加わると、紅斑、丘疹、小水疱は増加する。小水疱は一部膿疱(のうほう)となり(膿疱期)、小水疱と膿疱が破れると、ただれてびらん面を生じ(びらん期)、びらん面上の膿、漿液(しょうえき)、血液などが乾燥してかたまり(結痂(けっか))、かさぶた(痂皮(かひ))が形成されるようになる(結痂期)。炎症症状が消退して治癒に向かうと、かさぶたが脱落し、ふけのような鱗屑(りんせつ)を生じ(落屑期)、瘢痕(はんこん)を残さないで完全治癒する。しかし、急性型湿疹の経過はかならずしも以上の順を追って規則正しく経過するものではなく、同一患者についても部位によって症期の差異がみられる。一方、湿疹の種類によっても経過に多少の違いがある。
慢性型湿疹は、病巣の浸潤、肥厚、苔癬(たいせん)化を特徴としており、炎症症状によって種々の程度にかゆみを伴い、患者が病巣をひっかいたり、こすることによってしばしば苔癬化を続発する。
湿疹性疾患の原因は複雑多岐であるが、直接の原因は外因と内因に大別される。
おもな湿疹性疾患として、次のようなものがあげられる。
(1)アトピー性皮膚炎 本人あるいは家族に、喘息(ぜんそく)、アレルギー性鼻炎、じんま疹、枯草(こそう)熱などがおきやすい、いわゆるアトピー性体質を有する者に発症した湿疹の総称で、年齢によって症状を多少異にするので、乳児型、幼小児型、成人型の3型に区別されている。
(2)理学的諸原因による湿疹 アレルギー性の場合と非アレルギー性の場合がある。寒冷や寒風による、いわゆるひび・あかぎれ、高温・多湿が誘因となって生ずる、いわゆるあせも(汗疹性湿疹)なども、一種の理学的原因による湿疹と考えてよい。
(3)一次性刺激性皮膚炎 アレルギーによらないで、刺激物の直接作用によってだれにでも生ずる湿疹性病変である。塩酸や水酸化ナトリウムなど酸・アルカリによる急性皮膚炎、からしなど刺激物質による急性皮膚炎、せっけん、洗剤類などによる主婦湿疹、および灯油、ガソリン、セメントなどによる職業性皮膚炎がこれに属する。
(4)アレルギー性接触皮膚炎 一次性刺激性皮膚炎とともに接触型の湿疹、いわゆるかぶれとして知られる。湿疹性疾患のなかでも頻度の高い種類で、植物、塗料、染料、化学物質、金属など体外の異物が抗原(アレルゲン)として皮膚に作用し、このような物質に感作(かんさ) された(アレルギー状態になった)人に生じる。湿疹性接触皮膚炎あるいは接触湿疹ともよばれる。
(5)細菌性湿疹 細菌が関与する湿疹で、臨床的には次の3型に区別される。第1型は耳介後面付着部などに亀裂(きれつ)(ひび割れ)を生ずる亀裂性湿疹ならびに前頸部(けいぶ)や乳房下面に生ずる間擦性湿疹(間擦疹)、第2型は中耳炎や癤(せつ)(おでき)などがあって流出した膿汁によって病巣周辺がある期間汚染されたのちに発症する湿疹、第3型は口囲または眼囲に好発する落屑性湿疹の3型である。
(6)脂漏性皮膚炎 皮脂の分泌が多い脂漏部位におきる皮膚炎である。多くは毛髪の生える頭部に始まり、しだいに前額部、耳後部、後頭部に拡大し、胸骨部、肩甲間部、腋窩(えきか)(わきの下)、臍部(さいぶ)(へそ)、陰毛部にも発現する。生後1か月、思春期、更年期の脂腺(しせん)機能が亢進(こうしん)する年齢に好発する。性ホルモンのアンバランス、ストレス、ビタミンB複合体の欠乏、常在菌である細菌や真菌の異常などが原因として注目されている。
(7)貨幣状湿疹 その名の示すように、かゆみの強い貨幣大で円形の病巣を形成するのが特徴で、冬と秋によくみられ、好発部位は四肢とくに下腿(かたい)であるが、背部など広範囲に生じることもある。慢性に経過すると、その経過中に全身に散布現象(播種(はしゅ))をきたしやすく、また治癒しても再発しやすい。
(8)自家感作性皮膚炎 限局性の皮膚潰瘍(かいよう)や慢性湿疹性原発巣があって、その経過中に不適当な軟膏(なんこう)療法や掻破(そうは)(かきむしる)などの刺激、あるいは化膿菌による感染症が加わると、はじめ原発巣の周囲、のちにはかけ離れた遠隔部位にも、急激に湿疹性病巣が生ずることがある。この現象を自家感作といい、特に全身にほぼ対称的に多数の病変が生じる時には汎発(はんぱつ)性湿疹あるいは播種性湿疹とよぶ。原発巣としては、熱傷、外傷、手術創、下腿潰瘍、貨幣状湿疹などがある。
(9)内因性湿疹 食物や薬物などの内因性のものが原因で、紅色丘疹や漿液性丘疹などの湿疹性病変が対称性に発生することと、多少なりとも汎発傾向を示すことが特徴である。
(10)ビダール苔癬 皮膚瘙痒(そうよう)症に始まり、掻破が重要な役割を演じて発症する湿疹で、境界の明確な苔癬化病巣を形成する。項部(うなじ)や側頸部が好発部位である。慢性単純性苔癬あるいは限局性神経皮膚炎ともよばれ、30~50歳のとくに女性に多くみられる。
湿疹性疾患の治療は、その種類によって多少異なるが、共通していえることは、症状の軽い場合は副腎(ふくじん)皮質ホルモン剤含有クリームまたは軟膏を擦り込むだけで治る。症状の重い場合は、外用薬を塗布(または貼布(ちょうふ))後、ガーゼや包帯でおおうなどし、内服薬として抗ヒスタミン剤や抗アレルギー剤の併用、重症のときには副腎皮質ホルモン剤の併用も必要である。また、脂漏性皮膚炎に対してはビタミンB2やB6の内服を行い、貨幣状湿疹と細菌性湿疹については、抗生物質を含有した副腎皮質ホルモン剤クリームまたは軟膏の外用と、重症例には前記の内服薬のほかに抗生物質を必要とする場合がある。自家感作性湿疹・汎発性湿疹(播種性湿疹)はもっとも重症の湿疹であるので、皮膚科専門医に早めに診察を受ける必要がある。
[伊崎正勝・伊崎誠一]
俗に〈くさ〉ともいう。本来は〈汁の出てくる発疹〉を意味し,eczemaも〈吹き出てくるもの〉を意味するギリシア語に由来する。しかし,現在では,表皮に付着した化学物質を身体が拒絶して起こす遅延型アレルギーにより,表皮内に小水疱の形成されることが湿疹の本態と考えられており,したがって湿疹は,病名ではなく症候名ということになる。このような接触アレルギーのメカニズムがわかったのは,パッチテストという臨床検査法が実用化されて,多くの化学物質が接触アレルゲンとなって湿疹をつくることがわかってからである。
アレルゲンが皮膚に接触すると,まずかゆみのある紅斑性丘疹や小水疱が生じ,それらをかきこわしたあとがアワ粒くらいの糜爛(びらん)になり,鱗屑(りんせつ)(ふけのような,表皮の角化したもの)を生じて治る。これが湿疹の個疹の基本的なサイクルであるが,これらが周辺にも新旧入り乱れて生じると,いろいろな段階の混じりあった,境界不明りょうなかゆい疹になる。これが急性湿疹eczema acutumである。さらにそれが限局性の皮膚の肥厚を生じると,慢性湿疹eczema chronicumという。したがって,急性湿疹,慢性湿疹には,本来の急性,慢性の意味はまったくなく,より正しくいうなら多形性湿疹,表皮肥厚性湿疹というほうが当たっている。
しかし,先にも述べたように湿疹は病名ではなく症候名であって,しだいに接触皮膚炎contact dermatitisという原理指示的で合理的な病名に代わりつつあるため,〇〇湿疹というようなこれらの名称は歴史的なものとして理解しておくほうがよいであろう。そのような,一見不合理だが伝承されつづけている名称には,このほかにも蕁麻疹(じんましん),狼瘡(ろうそう)などがある。湿疹の亜型として,さらに脂漏性湿疹,貨幣状湿疹などがあるが,それらについては各項を参照されたい。
われわれの体内の生きた世界は,体外の死んだ世界と皮膚という広い国境をもって厳重に隔てられており,生きた体内は温度,pHはもとより,化学物質の組成,量に関しても恒常性が保たれている。したがって,もしも異物(非自己non-selfの物質という)が表皮を通り抜けて侵入してくると,非自己の物質の経皮侵入に対して絶えず警戒の目を光らせている血液由来のマクロファージの変身であるランゲルハンス細胞Langerhans cellにとりこまれる。そうすると,その物質は真皮内のT細胞にとりこまれ,さらに免疫の中枢であるリンパ節や胸腺その他網内系に運ばれて,ここに接触アレルギーの感作が成立するのである。アレルゲンといっしょにシャンプーや洗剤などの主成分であるSLSやLASが共存していると,感作の成立する度合ははるかに高くなる。このSLSやLASのように,感作を助長するものをアジュバントadjuvantといっている。
接触アレルギーの成立後に再びアレルゲンが皮表または体内から表皮細胞に到達すると,アレルゲンの付着した表皮細胞を感作リンパ球が攻撃して溶解してしまう。それにより湿疹特有の小水疱が形成されると考えられている。
湿疹を起こすアレルゲンはおびただしくあり,一般の家庭用品であるセッケンや化粧品,シャンプー,整髪料,衣類,皮革用品,ゴム製品などの中にも多種存在する。アレルゲンとわかっていながらこれらの多くが長年日用品に入っている理由は,一つはそれらで商品価値と売行きが保たれているために簡単には抜けないことと,もう一つは産業の安全意識が乏しく,よほどのことがない限り皮膚炎対策は行わないからである。
アレルゲンは金属や植物成分の中にも多くあり,また職業上扱う化学物質の中にも多く存在する。それらについては,〈皮膚炎〉の項を参照されたい。
(1)対症療法 ステロイド(副腎皮質ホルモン)軟膏を1日2回単純塗布するのが湿疹に対する標準の治療であるが,湿潤性の場合にはステロイド軟膏を塗ってからその上に亜鉛華軟膏をリント布に延ばして貼布し,包帯する重層法がよい。
最も行っていけない治療法は,患者のくるたびにただ漫然とステロイド軟膏を処方することである。とくに顔面に2ヵ月も連用すると,ステロイド皮膚症といって紅斑,痤瘡(ざそう),毛細血管拡張,落屑,萎縮などが出現し,しかもこのためにステロイド軟膏を中止すると高度の発赤や腫張を禁断症状として生じ,離脱に2年くらいもかかることがあるからである。搔痒(そうよう)には抗ヒスタミン剤を内服する。
(2)原因療法(抗原除去治療) 湿疹が再発をくりかえして治らないときはパッチテスト,アレルゲンの分析,除去試験,使用試験,成分問合せなどを行って,アレルゲンを追求する。アレルゲンがわかったら,抗原除去型のセッケンや化粧品などアレルゲンがゼロの生活用品しか用いない生活をすると,再発は消失して薬も不要になることが多い。
湿疹の治療でむずかしいのは,このアレルゲンを的確にみつけて,患者環境からこれを除外しつづけることにある。いったん成立したアレルギーは10~数十年続くので,油断があってまたアレルゲンを含んだ日用品を用いたり,職業上の必要からアレルゲンへの接触があると,湿疹は再発する。アレルゲンをみつけるために不可欠なパッチテストが健康保険では実用にさしつかえるほどに制限されていることも湿疹の治療上大きなマイナスであり,今後の改善が望まれている。
→アレルギー →皮膚炎
執筆者:中山 秀夫
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